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映画”評”ではない映画評について

 映画批評において、ひたすらにジャンルやテーマの近しい既存作品の名前を列挙するのは止めるべきだと思う(目的が"批評"ではなく"宣伝"ならば、それはアリな方法だが…)。読み手のイメージを膨らませるために数例ほど挙げるとか、作品Aと作品Bの意外な関係性や面白み、その論理を展開するとかでないなら、そういった、"別作品による過剰なタグ付け"は避けるべきだ。

 きっと、自分のコレクションをひけらかすのに似た快楽もあるのだろう。この映画は、自分が知っている(あるいは好きな)これこれという映画にこれだけ似ているところがありますよ。あるいはオマージュなんですよ。だからなんだ。ある作品を語るのに、やたらめったら別の作品の名前を持ち出すだけってのはつまらない。そういうのはWikipediaにでもひっそりアーカイブすればいい。
 ツイッターでいうリツイートと同じ感覚だろう。映画についての語りを、別の映画(のタイトル)に外注する。それってただ自分のコレクションに加えるということ、それだけにすぎない。誰も得しないし、ほとんど読む価値がない。そんなものは”批評”という読み物じゃない。
 自分の言葉で語るべきところを、たかだか別作品のタイトル一言に委託するということ。批評のメインである映画、比較対象となる映画、どちらに対しても失礼だと思う。
 目を向けるべきはその映画なりの良い部分だ。これとあれとそれとこれのコラージュなんだよと偉そうに指摘するのが映画批評なのではない。
 だから、何がどう面白かったのか、それを熱く語ってほしいんだ。