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ポリアの壷


 「ポリアの壷」という思考実験がある。この思考実験はシステムの生成という現象についての説明に有効だ。社会的規範、デファクトスタンダード、歴史、真善美、技術の洗練、はたまたひとりの人間の人格など、ありとあらゆるシステムは、要素と要素のせめぎあい、つまり相互作用による結果物だと言うことができる。
 未来は予測することができない。未来はいかようにもあり得る。「真理」と呼ばれるものはアプリオリで絶対的なものに見えるが、そういった発現の仕方をする。
もし、歴史を初期状態に戻すことが可能ならば、今ある歴史とはまるで異なる歴史が展開されるかもしれない。というようなこと。

 決定論と未来予測不可能性との間に矛盾はない。どんな現象・出来事にも原因がある。しかしそれは、未来を予測できることを意味しない。思考実験をしよう。箱の中に黒い玉と白い玉が一つずつ入っている。中を見ないで箱から玉を一つ取り出した後、同じ色の玉を一つ加えながら箱に戻す。黒玉を引いたなら、箱の中身は黒玉二つと白玉一つになる。この作業を繰り返す。最初は玉が二つしかないから、黒玉を一つ加えるだけで箱の中の黒玉の割合は五〇%から六六・七%へと大きく変化する。しかし、すでに玉が百個入っている箱に新たに玉を一つ追加しても状況はほとんどかわらない。作業が進むにつれ、以前から箱にあった黒玉と白玉の割合に対して付け加えられる新情報の相対的重要性はどんどん小さくなる。単純化されてはいるが、これは人間や社会に蓄積される記憶の変容プロセス、すなわち歴史変遷のモデルだと考えてよい。
 さて、実験を行うと黒玉と白玉の割合は一定の値(アトラクタ)に収斂する。まるで世界秩序が最初から定まっており、「真理」に向かって箱の世界が進展を遂げているかに見える。しかし、白玉と黒玉一個ずつの状態に戻して実験をやり直すと、黒玉と白玉の割合が今度は先ほどと違う値に収斂する。今回も、定点に収斂してシステムが安定するのは同じだ。しかし、箱の世界が向かう真理は異なる。どんな値に収斂するかを前もって知ることは誰にもできない。歴史が実際に展開されるまでは、どんな世界が現れるかわからない。しかしそれでも真理は発露する。我々の世界に現れる真理は一つであっても、もし歴史を初期状態に戻して再び繰り広げられることが可能なら、その時にはまた異なった真理が出現することだろう。歴史はやり直しが利かない。そのおかげで我々は真理を手に入れる。真理・偶然・一回性・超越・意味、結局は同じことを指す。

書籍「増補 民族という虚構」小酒井 敏晶 ちくま学芸文庫 P,312 L,7からP,313 L,9まで引用
下の図と合わせてお読みください。



・・・ライフゲームなんかと似ているかも。