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範疇化

集合Aと集合Bがどちらも、それより上位の共通した集合に内包された集合だという仮定において。

 集合Aと集合Bが互いに相違すると言っても、それは集合Aと集合Bがまったく同じ要素で構成されてはいないという意味にすぎず、集合Aと集合Bは多くの要素を共有している。しかし範疇化されると、集合Aと集合Bに含まれる要素がすべて異なるような錯覚をする。また、集合それぞれには実際には多様な要素が含まれているが、一つの名称の下に一括して把握されると、集合に属すすべての要素があたかも均一な性質を有すかのごとき錯覚に陥る。一般にA、Bという二つの範疇が作り出される時、AとBの間の差異が誇張される傾向と同時に、A、B各内部における均一化錯覚が生ずる。

書籍「増補 民族という虚構」小酒井 敏晶 ちくま学芸文庫 P,26 L,6より一部抜粋


 以前、「抽象化する」ということの後半部分で書いたようなことがより正確に言語化されているのを発見し感動してしまった。
 上記の引用文は「人種」という概念を分析し、その虚構性を暴いてゆく文脈でのものであるが、物事を抽象化し人為的に作り出される「概念」という意味の集合体の定立にも当てはまる部分があるように思う。概念ひとつひとつのスケールは範疇化の段階によって決まる。範疇化こそが概念の本質だと言ってもいい。
 わかりやすい例に血液型占いがある。まず血液型占いの性格分類によれば、「A型はおとなしく真面目、B型はおしゃべりで自己中心的、O型はおっとり、AB型は変人か天才」などといったものが一般的である。しかし客観的に身近な人間を観察・把握する気になれば、これらの性格診断(=事前情報)がバイアスとなり、それに当てはめようとある種の希望的観測をしている自分に気付くことだろう。
 範疇化によって、概念を構成する個々の要素が持つディティールは無視され、概念というものは完全に均一な密度の一つの塊として成立するのである。